昭和50年11月19日 朝の御理解
御理解 第93節
「氏子は神の守をしておる者を神と心得て参詣する。守が留守なら、参詣した氏子は、今日はお留守じゃと言おうが。神の前をあけておくことはできぬ。万事に行き届いた信心をせよ。常平生、心にかみしもを着けておれ。人には上下があるが、神には上下がない。人間はみな同じように神の氏子じゃによって、見下したり汚がったりしてはならぬぞ」
これはお取次の御用をさせて頂く、所謂教師に対する御理解だと思いますけれども、私共お道の信心者、信奉者の一人一人が、全て取次者の自覚に立つ事「総取次者」と云う様な事が言われますが、私はお道の信心をさせて頂く者は、段々おかげを頂いて、そういうおかげの頂けれる信心を、願わなければいけないと思います。そこで「氏子は神の守をしておる者を神と心得て」と言う風に説いてありますが。
例えば皆さんが金光様の信者である、合楽にお参りをしておると言う事を、皆さんの周囲の人達が知っております。ですから、あちらは金光様の信者じゃという、何時も言うなら八つ波の御紋章のついたお紋付を着ている様な気持ちで、信心をさせて頂きませんといけません。でないと金光大神の名を汚す様な事に「あの人は信心はしよるけれど」と言う事になってはなりませんから、いわゆる「神の前をあけておる様な事は出来ん」と仰せられる。何時も神様を身近に頂かねばなりません。
為には万事に行き届いた信心をしなければいけない事になります。昨日のお月次祭の後にもお話をさせて頂きましたように、先日の合楽会にもう皆さんのお話を一人一人のお話が本当に素晴らしいお話であった。其の事を神様に御礼を申さして頂いておりましたら梶原の梶と言うですね、梶と言う字を頂いた。合楽会がすんだ後でしたから、どんな事だろうかと思うたらすぐ尾の横に木扁を頂いた。そうすると梶という字になる。
今日、合楽会で一人一人が発表された事は、日々の信心の、言わば進路とでも言うか、どの一言でもそれを、自分の信心で本気で頂こうという気になったら、それは梶の御用もすると云う様な、例えば船は舵次第と云う事を申しましょう、その梶になる程しのお話ばっかりであったと云う様なものを頂きました。ですから「ああ今日のお話は有難かった、成程もっともじゃ」と言うて聞くだけではなくそれを私共が使わない。
その御教えを行じると云う事が、私は行き届いた信心だと思う。教えに忠実であると云う事です。だから梶を以てするのですから間違いのない行き方をしておる。ですから皆も、成程金光様の信心をすれば、あのように人も変わる。行き方も素晴らしい。成程おかげを頂きなさる筈だと云う様に、昨日聞いて頂きましたような言うならば、合楽ではそこんところに「貧争病のない世界」と言う様に申しますが、またここでは「五つの願い」を皆さんがなさっておられます。
その「五つの願い」が成就する様なおかげが皆受けられんです。それには、「神様の前を開けておる事は出来ん」と、例えば教師に対して仰っておられるように、信者に対しても「神様を心から外してはならん、神の傍に何時もおらなければならない」と言う事になるのです。十一時から上野先生が御用の時間、本当に座らして頂いたら、合楽会の事を次々と三人の方が御取次を頂かれる方があった。
その時にフッと感じた事は、こりゃただ事じゃないと思うた。今度の合楽会の事を、私がこうやって次々とお取次さして頂く事は、例えばここに座ると言う事、御結界に座ると言う事はただ事ではないという気がしきりとした。そこで自分の心を正さなければならない。引っ掛かるものもなからねば、自分で自分の言うならば根性というものがです、言わば良い根性が出らなければ御結界というところが座れる事じゃないと思わせて頂いておるところへ、次々と新しい顔の御信者がお参りになる。
三代金光様は、御祭典中御装束をお着けになって祭場にお出ましになる、その廊下をお通りになりながら、目の前にわらすぼが一本落ちていれば、それを拾って袖の中にお入れなさったと、親先生から以前聞かせて頂いた事があるが、わらしべ一本でも前に障害のものがあればおかげを頂くと云う事についての、自分の心の状態がそうであるならば、もう前には進まれないという位な。
心の使い方がいるなと思わせて頂いたと言うておられます。 先生丁度風邪の具合が悪うて少し熱もあって、今日は合楽会には勿論御用が済んだら寝まして貰おうともう合楽会には出るまいと思うとったけれども、三つも続けて合楽会のお届けがあった所から、是はただ事ではないぞと思わせて頂いて、合楽会に今日は出らせて頂いたという話をしておりました。私はその話を聞かせて頂きながら、先生方にお取次を頂く者の心掛け、言うならば、今日の御理解で教祖様がそういう意味の事を言っておられるのです。
いかに御結界に座っておっても、言うならば悪念邪念とでも申しましょうか、自分の我情我慾の事やら、モヤモヤイライラしながら、いかにここに座っとっても、そんな事で出来る事じゃない。本当に人が助かる為には先ず自分自身が助かっとらにゃならん。でなかったら御結界という所には座られんという心と、是はなら教師信者を問わず、言わば行き届いた信心というのは自分の心の中にね、こういう心があっては前には進まれなと云う位ものがなからなければ、その位自分をもう正しておかねばいけんのです。
例えば自動車一つ乗らせて頂くにも、もうイライラしながら、モヤモヤしながらどん自動車には乗られんと云う様な気持ちにならにゃいけんと言うのです。だから先ず自動車を合掌しなさい。合掌して自分の心に頂いた時に、「ああこの状態ならば」と思うてハンドルを握ると云う事にならなければいけない、迂闊にしておったんでは。それは取次者が御結界に座る時にです。
只今上野先生の事を申しました様に心を正して御結界に着かなければおられないのと同じです。皆さんの職務においてもそう自動車に乗時きでもそうです。手間暇がいる事ではないそれが私は心掛けであるのと同時に、行き届いた信心と思うです。昨日熊本の富永先生がお見えになった。十五日があちらの秋の教祖大祭でした。お届けさして頂いとりましたら「従う」と云う事を頂いた
。従業員の従というのですね「従う」私はこれを頂いてから、本当に例えば私共がここに奉仕をすると言う事ですね。例えば商売人の場合でも、商売人の方達がお客さんに奉仕をする。サービスをする。仕え奉ると言う事である。神様に仕え奉ると言う事である。ところが、この「従う」と言う事は、また意味が違うようである。先生のお届けを聞かせて頂いとりましたら、もう本当に前夜まで熊本では土砂降りである。
夜中から開けて翌る日は上天気に恵まれて、しかも丁度日奈久の町では、日奈久神社の秋祭りの日であったそうです。だから町はお祭り気分で湧き返っておる。金光様も御大祭丁度一時の御大祭が三十分ばかり遅れた。そして祭主である富永先生がお祝詞を上げられて、玉串を上げようと上げられた瞬間に打ち上げ花火が上げられた。だから秋の日奈久のお祭であった。もうその時の感動と言う物はもうありませんでしたと。
それが日頃合楽の信心を頂いとりますからもう信者一同も感動した。もうそりゃ本当に感動のお祭りで御座いました。丁度去年の教祖大祭の倍のお参りがあっとりました。お供えも倍で御座いました。お初穂も倍で御座いました。そして今年の御大祭程楽な事は御座いませんでした。と言うのは、先日から教師会、ここの神愛会に出らせて頂く時に、親先生の言うておられる通りにしておると思うておられるから、そうイライラもなからねば、忙しいという思いもしませんでしたが。
万事万端に行き届いたお祭りが出来ました。私はそのお届けを聞かせて頂いて、ああそう言う事が従う事だなと思いましたね。従うと言う事はね、いわゆる親先生が御大祭を仕える時は、こういう心掛けでと言われる、その一つ一つをいわゆる親先生のお言葉に従うたと言う事です。私はそのお話の中から、上野先生の例えば合楽会のお届けが三回続いた時に。「あ痛今日は風邪の具合の悪かけんと言うて寝ちゃおられんぞ、今日の合楽会に出にゃおられんぞ」と言う感じがピタッと一つの霊感ですね。
それをキャッチし得たと言う事が、私は行き届いた信心と言わねば出来んのです。頭は痛い、風邪の具合が悪か、早う御結界を下りたら寝ろう寝ろうと言った様な事ばっかり考えとったら、どういう神様がヒントを与えておられても、頂ききらんです。いわゆる日奈久の富永先生がです。そういう親先生のお言葉に従うた御大祭であったが、有難い有難いお祭りであったと御礼を込めて玉串を上げられた途端に、それは町で打ち上げた、言わば日奈久神社の爆竹ですね。
であったでしょうけど、パパーンと上がった途端に、感動が湧いてしようがなかった。もう信者一同も、「親先生あん時ばかりは感動しました」と皆が言っとるです。それが日頃合楽の信心を頂いとるから、それがキャッチ出来たんです。「ほう花火どんあ上がりよる」と言う風に頂く所でしょう。信心させて頂く者はね、そういう例えば事柄の中にも、自然の様々の働きの中に、神様を身近に頂いとかんと、そういう感動を受けられる場合にあっても、感動を受けられません。
例えば御結界の奉仕をすると言う事でもです。いわゆる金光大神の御教えに、従わせて貰うという心で、なからなければならない様に、皆さんが、例えば仕事の現場でです、神様に従うておるという実感が、信心をしなければいけない。「常平生に裃をつけておれ」と、それこそ今申します様に裃をつけて、と云う様な八つ波の紋章のついた羽織を羽織っておる様な、後から見て「ああの方は金光様の信心者じゃな」とこう分かる様なです、信心をさせて貰う様なです、万事に行き届いた信心をしておらないと。
そう言う事になって参りません。お祭が済んで信者一同がです、まあ期せずしてこの頃から大坪町と言う所に、都合良い敷地があるので、それをどうだろうかというお話があった。それを皆で、それは大坪町と言うただけで、これは御神意と言う事で、そういう信者の気持ちが盛り上がって来た。そこへそのお祭りの後にです、ちょっと町外れではあるけれども、四反ばかり売り出しに出しておると言う所があって、そこよりも値段が十分の一位安い所が四反。
そういう話まで持ち上がりました。「それじゃ皆で一遍見げに行こう」言うて、見にやらして頂きましたが、四反というからそりゃもう広々とした所、例えそれがね成る成らんは別として、そういうなら御造営でも思い立てとうかと云う事が、大坪町に始まっている。そして、そういう広々とした、またそれが成る成らんは別として、御大祭の後にそういう雰囲気まで生まれたという、御礼のお届けも御座いました。
ついこの頃までは、それこそもう本当に何年経っても何年経っても布教所と云う事で、勿論、人も助からん自分も助からん、本当に狭い御広前で御用されておられた。いわゆる富永先生夫婦が段々おかげを頂いて、先日からあちらに温泉に佐田のお母さんが娘さんと御一緒においでられて、聞いたらすぐ傍に、温泉の傍というので、日奈久教会を訪ねて行かれた。行かれてから、本当に成程この御広前ならば人が助かるはずと思うた、と言うて帰ってから言うておられます。
そういう御広前に、神ながらのおかげを頂いて、そしてまあだここに二、三年しかならないくらいでしょうけれども、その御広前建立と云う様な話が、信者の中から出ておるようなおかげを頂いておると言う事はです、私は今日の御理解などを先生が本気で行じ守っておられる事だと思います。行き届いた信心。それこそ裃を着けたような信心。何時も親先生の言われるその教えにいつも従っておる信心。なるほどこれなら合楽風のおかげが頂ける筈だと思います。
それは本当に感心致します。そりゃあそこの信者を見れば分りますよね。皆いかにたとえばならお話が上手とかテキパキとしておられると言う事はないのですが、もうとにかく人がたすかる。しかも人が育つ先年からはお弟子さんも一人出来ました。学院に行っておられます。私は今日はその富永先生、それから上野先生が合楽会の当日に御結界で感じた又頂いたおかげの事からです、言うならば。これはお道の教師だけの事ではない、お互い信心させて頂く者が。
この通りの矢張り信心を身につけて行く事に精進させて貰わなければいけない。神の前を開けておく事は出来ない様にです。私共が一時とても神様を外しておってはならない。神様を身近に感じさせて頂いておらんと、神様がどういう自然の中にお知らせを下さっても、ああ神様が物言いかけて御座る様な感動というものが湧いて来ない。私は信心は感動の連続でなからねばならないと思う。そこに暑さ寒さを感じん程しの有難さというものが頂けれる。そういう信心を目指さなければいけない。
今日はこれは正しく教師に下さった。御教えで御座いますけれども。「氏子は神の守りをしておる者を神と心得て」という所をです。あちらは金光様の御信心を頂いておられるから、信心でもする者は立派な生き方をしておるだろうとしか思うていない。それに立派ではない、それこそ後指を差される様な事をしてはいけないと言う事を聞いて頂きました。「神の前を開けておく事は出来ない、万事に行き届いた信心を」と言う事を私は今日は、奉仕をすると言う事。奉仕をすると言う事。
皆さんここで御用を頂かれると言う事は。奉仕をなさっておる訳であるけれども。それと同時に、従うと言う事が大事であると云う事を聞いて頂きました。その神様の教えに従うた生き方こそ、私は万事に行き届いた、信心が出来ると思うのです。万事に行き届いた、言うならば、日々の御用が出来ると思います。それには私どもが、裃を着けた様な信心、言うならば八つ波の紋章のついた紋付を、羽織っておると云う様な心持ちで、信心をさせて頂かんならんと云う様に聞いて頂きました。
教師信者を問わず、矢張り根本的なここんところの信心はです、「とても先生にはならんとじゃからそげんまでは」と云う事は決してありません。昨日から申しますような、いわゆる「五つの願い」が成就する。「貧争病のない世界」、いやそれがいよいよ「真善美の世界」にと云う様なおかげを頂く為には、そういう行き届いた信心をさせて貰わなければいけないと思います。
どうぞ。